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2007.09.16

『True Colors』

『True Colors』…言わずと知れたシンディ・ローパーの代表曲の一つで1986年の全米NO.1ヒット曲。

最近フィル・コリンズがカバーした同名曲を気に入ってよく聴く。シンディのオリジナルもしっとりしてていいが、フィル・コリンズのカバーも男の心に染み込んでくるようで思わず口ずさんでいる自分がいる。

あらためて歌詞カードを開き英語と日本語の対訳を読むと、いい詞だなぁって思った。


だけど私には見える
あなたの本当の素晴らしさが
滲み出している
私にはあなたの良さが良く判る
だからこそあなたを愛しているのよ
自分本来の姿を表に出すことを恐がっていちゃだめ
本物の輝きってとてもきれいなのよ
まるで虹のように
(対訳:中川五郎)


二年前、人間として生きる喜びを思い出させてくれる人と出会った。そのことは、自分の人生にとってとても重要で大切な出来事だった。

自分のようなしょうもない人間でも、誰かに必要とされることの充足感、しょうもない自分にもひょっとしたらいいところがあるのかもしれないと思えた時の素晴らしさ、生きていてよかったと思えた瞬間だった。

自分の人生に投影できる唄というのは、心にいつまでも残るものになるように思う。

最近ある仕事を通じて付き合いがあった人が、精神的なことが原因でその仕事を一時的に離れるということがあった。幸いにも一週間ほどで仕事に復帰出来たのだが、何をそんなに思いつめていたんだろう、とか、その人に対する自分の接し方に問題はなかったのだろうか、とかいろいろ考えさせられた。

『True Colors』は、自己肯定的になれず思いつめてしまうような人に対する応援歌?のように思える。

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2005.12.08

ジョン・レノン

12月8日はジョン・レノンの命日(正確には日本時間では9日)。朝のNHKニュースでもイマジンを流していた。しかし、毎年この時期になるとジョン・レノン=イマジン=愛と平和の使者、みたいな短絡的なイメージが流されるのはウンザリする。ジョン・レノン=愛と平和、なんていう言葉を口にする人たちはまともにジョン・レノンの音楽を聴いたことがあるのか疑うね。

25年前、ジョン・レノンが射殺されたのをどうやって知ったかは思い出せない。しかし、射殺後、当時NHK-FMのサウンドストリートという番組で渋谷陽一のDJで追悼特番が5日ぶっ通しで放送され、毎夜聴きながら涙を流したのを覚えている。

ビートルズを同時体験できなかった世代の自分にとって、ジョンの死は(4人揃った)ビートルズが再結成して自分の目の前に現れることは永久に実現しないという意味でもあった。

ビートルズに興味を持った最初は、やはり花のあるポールに憧れたが、思春期に入って人生いろいろ悩むことも出てくると、ビートルズ解散後のジョンとその作品に関心が向いた。嫉妬や愛、憎しみや妬み、赤裸々な心の内を素晴らしい音楽作品として表現するジョンこそ天才だと思った。

自分も年を取って考え方が保守的になってきたのか、自分の心と向き合うようなジョンの音楽よりもジョージの音楽の優しさに惹かれるようになってきた。しかし、また改めてジョンの音楽を歌詞カードとにらめっこしながら口ずさみ自分の心の内と向き合ってみるのもいいかなと思う。


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2005.12.06

レオン・ラッセル

テンガロン・ハットに長く伸びた白い髪と髭、サングラス、外観の異様さ?からその名前だけは知っていたレオン・ラッセルの音楽に触れました。

まず、コンサート・フォー・バングラデシュのDVDで初めてそのパフォーマンスに触れ、その迫力あるヴォーカルに引き込まれました。彼のジャンピング・ジャック・フラッシュは出勤前にモチベーションを高めるために毎朝聴く(見る)ほど気に入っています。

次に、彼が1970年代初頭に発表した3枚のアルバムが、最近紙ジャケットとなって再発されたので購入しました。で、3枚のアルバムを聞いてみて、意味も良く分からない”スワンプ・ロック”という言葉から想像していたよりも、意外に洗練されているなーと思いました。曲によってはビリー・ジョエルが歌っているようにも聞こえました。

3枚のアルバムの内の1枚、彼にとっての実質的なファースト・アルバム、「レオン・ラッセル」に収録されているソング・フォー・ユー(A Song For You)は発表後直ぐにカーペンターズにカヴァーされたそうで、誰でもどこかで一度は聴いたことがあると思います。30代?以上の日本人にとってはこの曲を聴くとCM(たぶんネスカフェだったと思うんだけど)を思い出すのではないでしょうか。そんな曲をレオン・ラッセルという人が作っていたことを知って、びっくりしました。

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2005.11.30

ジョージ・ハリスン

ジョージ・ハリスンが2001年11月29日(日本時間30日)に亡くなって早くも4年が立ちました。ジョージの死を知ったのは職場の仲間と飲み会をした後、その仲間の部屋でこたつにあたりながら見ていたTVのニュースだったかな。その部屋が寒かったのを思い出すなー。

最近発売になった『コンサート・フォー・バングラデシュ』のDVDを買い、ジョージの一周忌に合わせて開催された追悼コンサート『コンサート・フォー・ジョージ』のDVDを友達から借り、繰り返し繰り返し見ています。

『コンサート・フォー・ジョージ』のDVDの中で親友のエリック・クラプトンの「彼が今ここにいたら、たぶんこう言うだろう”ありがとう エリック でも こういうのは苦手だ” (ジョージは)ひねくれている 心の中では喜んでいても”望んでない”と言い張る...魚座だからかも」という言葉、劇場公開版のエンドクレジットでのジョージの生前の発言「僕の願いは仲間を持つことだ 大切な仲間を」というのが印象に残りました。それからコンサートに出演したミュージシャンが皆が皆、ジョージに対する感謝を飾らない言葉で語るのを見ると、ジョージってみんなに慕われていたんだなーとしみじみ思いました。

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2005.11.20

バングラデシュ・コンサート

ふと覗いたアマゾンで1971年に行われたバングラデシュ難民救済コンサートの模様を収めた映画「コンサート・フォー・バングラデシュ」のDVDが発売されたのを知り、同コンサートを収録したCDと一緒にタワーレコードから購入しました。

「コンサート・フォー・バングラデシュ」は友達がTV放送を録画したものを見せてもらったことがあるのですが、それ程印象には残っていませんでした。今回、本編及び特典映像などをじっくり見ましたが、こんなに素晴らしい映像、音楽だったんだと思いを新たにしました。

コンサートではジョージ・ハリスン、ボブ・ディランの存在感が圧倒的ですが、今回見て(聞いて)印象に残ったのはレオン・ラッセルのJUMPIN' JACK FLASH-YOUNGBLOODのメドレーです。数多くのミュージシャンの演奏とフィル・スペクターの音づくりから来るのか、分厚いサウンドのこのメドレーは最高にかっこいいです。

2001年11月29日から早4年、このような素晴らしい映像、音楽を残してくれたジョージ・ハリスンに改めて合掌したいと思います。

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2004.08.26

音楽遍歴

ビートルズがロックミュージックに興味を持つきっかけだったが、1964年生まれの自分にとってビートルズを知った時点で、既にビートルズは解散しており、リアルタイムでの体験はない。

中学1年頃、ベイ・シティー・ローラーズが日本でも大人気でビートルズの再来と騒がれていたような気がする。ただ友達(男)の間ではバカにされていたなー。

中学生の頃は、NHK-FM長野で土曜の午後に放送されていたリスナーからのリクエスト番組や、NHK-FMの月曜日から金曜日の夜に放送されていた、サウンドストリートを聞いていた。

そんな中、ポール・マッカートニーの大麻所持による日本公演中止、ジョン・レノンの射殺、ポールの初来日コンサート、ジョージの死をリアルタイムで体験し今に至る。

ビートルズとそのメンバーを中心とした”ロックミュージック史”しか知らなかった自分だが、”ロバさん”との出会いによりロックミュージックの複雑にこんがらがった歴史(の一部)を知ることになる。

その一つの結果としてピーター・バラカンさんの「ぼくが愛するロック名盤240」という本の存在を知り、240枚のCDを完コレすべくコツコツとCDを買っているが、最近”紙ジャケット”に気を奪われそっちに体力もとい財力を吸い取られ苦戦中。

世間や評論家の評判がどうでも、全てを受け入れられるミュージシャンというのが誰にもあると思いますが、自分の場合はビートルズ、ジョン・レノン、ジョージ・ハリスン、パティ・スミス、ザ・ザ、テレンス・トレント・ダービーといったところかな。

気に入ったCDがあったらその都度紹介していきたい。

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