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2008.07.17

『ひぐらしのく頃に』ロケ地巡り(1) 御園白山神社

『ひぐらしのなく頃に』ロケ地巡り(1) 御園白山神社

『ひぐらしのなく頃に』ロケ地巡り(1) 御園白山神社

『ひぐらしのなく頃に』ロケ地巡り(1) 御園白山神社

『ひぐらしのく頃に』のロケ地巡り。


「御園白山神社」はほんとすぐ近所にあった。


「御園白山神社」は『ひぐらしのなく頃に』の中に出てくる古手神社の『祭具殿』として使われている。


『祭具殿』とは、“オヤシロさまを祭る「綿流し」の儀式で使用された大切な祭具が納められ、人間が足を踏み入れると祟りがあると伝えられるが、その中にあったのは数々の「拷問道具」だった。鬼を鎮めるため、これらを使って毎年1人ずつ生贄として処刑した....それが「綿流し」の起源だと鷹野三四は考えている。”(公式パンフレットより)、と、まあ世にも恐ろしい場所なわけだ。


細い路地を右に左に入り込んだ先に「御園白山神社」はあった。周囲には住宅やアパートが立ち並び、杉の大木が立ち並ぶ神社の敷地内にはジジババの憩いの場所になっているであろうマレットゴルフのコースもあったりして、あまり寂しいという雰囲気ではない。


たまたまだろうか自分が「御園白山神社」を訪れた時は、マレットゴルフ場にも境内にも誰も居らず、吹き抜ける風に木々の梢が揺れる音だけが聞こえるだけだった。


社殿を前にし映画の『祭具殿』のシーンを思い出す。

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2008.07.14

『ひぐらしのく頃に』

土曜日、上越のJ-MAXシアターで『ひぐらしのく頃に』を観る。スクリーン6(座席数93)での上映、観客は3人。映画好き(自分)、ゲーム好き、コミックのファンといったところか。


J-MAXシアターでの映画鑑賞は4月27日の『ブラックサイト』以来。


『ひぐらしのく頃に』は5月10日に全国公開された作品で、J-MAXシアターではミニシアター系の作品としての上映。


映画の原作はPS2のゲームソフトにもなったPCゲームソフト「ひぐらしのなく頃に」で、そのコミックは累計500万部を売り上げているそうだが、「ひぐらしの…」の名前は自分は全く知らなかった。


映画のチラシの表には、主人公の前原圭一(前田公輝)が書き残したメモ、「どうしてこんなことになったのか私にはわかりません。どうか真相を暴いてください。それだけが私の望みです。前原圭一」が載り、裏には“突然失われる日常、正解率1%の謎(筆者注.どうも原作のPCゲームのことらしい) 人か祟りか偶然かー”の文字が並んでいる。


監督はこの映画では今時の少年少女たちの「孤独感」を描きたかったようだが、そういう点では『ひぐらしのく頃に』はよくできているのかもしれないが、謎解きの映画としては、謎が謎を呼び、って感じで原作を知らないものは最後まで観ても???。主人公のメモの言葉を借りるなら、「どうしてこんな結末なのか私にはわかりません。」って感じだった。


エンドクレジットも終わったところで、“続編企画進行中”ってな映像がちょろっと流れる。もう、とりあえず一作で落ちがある映画にしてくれよ、って気分になる。


『ひぐらしのく頃に』は主人公の前原圭一とその一家が東京から移り住んだ“雛見沢村”が舞台になっているのだが、映画の冒頭、合掌造りで有名な岐阜県白川村の白川郷(原作のモデルらしい)を一望する展望台からの映像が使われていて、撮影はてっきり岐阜県あたりで行われたのかと思って観ていた。


しかしエンドクレジットの「撮影協力」に、諏訪圏フィルムコミッションに始まり、諏訪市後山地区原村中新田区山谷観光バス(株)藤森鉄平石(株)夢屋ながい伊那市ハクトートータルサービス天竜河畔医院興亜化成株式会社高遠町鉾持神社御園白山神社アルハンブラ霜町町内会のみなさま山室地区の皆さん伊那バス株式会社HOTEL多香野、白川村役場、といった文字が映し出されるのを見て、おおぉっ!!となる。


公式パンフレットの中では更に、原村中新田ため池伊那市内の中学校上伊那図書館旧後山分校高遠の役場支所(伊那市高遠町総合支所)伊那部の一本道、などで撮影が行われたことが書かれている。


しかし、ほんとご近所で撮影してたんだねぇ。自分が知らなかっただけで、去年の8月は伊那ではこの映画の撮影が結構話題になっていたんだろうか。


それから子細なことだが監督の地勢学的な誤認識は改めてもらいたいね。パンフの中のインタビューで“南アルプスの八ヶ岳”とか、“ドラマ部分はすべて長野県の伊那と高遠で撮影しました”と語っているが、後山も原村中新田も藤森鉄平石の石切場も諏訪であって伊那ではないよ。ま、映画の監督ってスタッフのお膳立てのもとで撮影してるから、こんな認識なんかもしれないが。


伊那市近辺の住民として、映画のどのシーンが何処で撮影されたのか、という“謎解き”の楽しみがあるので星半分おまけして星三つ、★★★。

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2008.06.29

『花より男子‐ファイナル‐』

今年上半期を締めくくる映画鑑賞は『花より男子‐ファイナル‐』(以下、花男F)。28日の土曜日の午後、長野グランドシネマズで娘と二人で観る。


『花男F』は28日が公開初日ということで、長野グランドシネマズではシアター1とシアター6での2劇場体制での上映。


自分たちはシアター1(座席数300)での午後3時からの回だったが、席は7、8割りくらい埋まっていただろうか。


観客は高校生から二十代前半くらいを中心として小学生から中高年まで女性がほとんど。男性は自分を含めて『花男F』を見に来た女性のお供といった感じだった。


『花男F』は少女漫画雑誌「マーガレット」に12年に渡り連載された人気漫画『花より男子』が原作。『花より男子』は今までにも映画化、アニメ化、テレビドラマ化もされており、今回の『花男F』はTBSで放映されたテレビドラマの続編ということらしい。


当然自分はその原作も読んだこともないし、映画、テレビドラマも観たことがないが、簡単に言えば、少女漫画の王道であるシンデレラストーリーといったところなんだろうか。


夢見る少女(乙女、女性)たちが観れば共感したり感情移入できたりするのかもしれないが、映画に描かれる世界は自分にとっては非現実的な別世界のこととしか思えなかった。


『花男F』はあくまで娘のお供で観たということで評価はせず、というか出来ず、無印。

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2008.06.23

『さよなら。いつかわかること』

土曜日の夕方、長野グランドシネマズで『さよなら。いつかわかること』を観る。


『さよなら。いつかわかること』は長野グランドシネマズの開館2周年記念で、5月下旬から週代わりで上映しているミニシアター系の4作品の最後を飾るもの。


二週間振りに観る映画、座り心地のよい椅子に身を沈め、暗闇の中に身を置くのは心地よい。上映はシアター7(座席数127)、観客は17人。


映画はイラクに派兵されている“妻”グレイスを持つスタンレー(ジョン・キューザック)が、ある日、妻の戦死という訃報に接しながらも、幼い二人の娘に母の死を伝えることができず、下の娘がずっと行きたがっていたフロリダの遊園地「魔法の庭」へ行こうと娘たちをフロリダへの旅に連れ出す。旅を続ける中でいろんな出来事があり、その過程で父と娘たちは絆を深める。そして覚悟を決めたスタンレーは浜辺で娘たちに母の死を告げるのだった…。


この映画も9.11とその後のアメリカ社会が直面した現実を題材としている。普通に観れば誰もが反戦的なメッセージを受け取るだろう。


しかし監督のジェームズ・C・ストラウスは公式パンフレットの中で以下のように語っている。「(中略)この脚本では、この映画を反戦映画のメッセージにならないよう努めた。答えを与えるのではなく、論争のきっかけにしてもらえれば本望だ。」と語るが、これはエクスキューズにしか聞こえない。


下衆の勘ぐりではないが、アメリカの映画に携わる者は、ハリウッドメジャーから“反戦的”、“政治的”なメッセージを持った映画を作る人間というレッテルを張られるのがそんなにも怖いのだろうか。


ある意味、どこか腰が引けたような監督が作れば、映画にも言い訳がましいところが出てくるのは当然で、腰の据わった、覚悟を持った監督が作る映画とは差がでるのは当然だ。


そういった意味で、『大統領暗殺』などに比べ自分に迫ってくるものは少なかった。


娘役の二人の子役の演技力、可愛らしいさにおまけして星二つ半、★★☆。

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2008.06.09

『アフター・ウェディング』

6月7日の土曜日、長野グランドシネマズで『アフター・ウェディング』を観る。シアター8(座席数105)に観客は12人。


『アフター・ウェディング』は昨年の秋に日本公開された作品だが、長野グランドシネマズの開館2周年記念で、5月下旬から週代わりで上映しているミニシアター系の作品のとして『プライスレス 素敵な恋の見つけ方』に続き6月7日から13日までの上映。


ちなみに『アフター・ウェディング』の後は『君の涙、ドナウに流れ』、『さよなら。いつかわかること』の上映が予定されている。


『アフター・ウェディング』の上映は1日1回のみ、18時40分からの上映なので、なんとか時間をやりくりして長野グランドシネマズに赴く。『アフター・ウェディング』は予告編を一、二回見ただけで、ほとんど予備知識も無く鑑賞する。


映画は“若くして余命幾ばくもないことを宣告された男が、命を賭けた秘密の企みを企てる。その企みが引き起こす様々な人間ドラマ”を描く。観る人はそれぞれに自身の経験をスクリーンに重ね合わせることにより、『アフター・ウェディング』の世界に引き込まれて行く。


若い頃、ミニシアターとかに“芸術作品”と言われるような映画を観に行ったりしたが、たいてい途中で眠くなって居眠りしてしまうことが多かった。


その経験からすれば、『アフター・ウェディング』は最後まで眠くなることなくスクリーンに見入ることができたので、所謂“芸術作品”的な映画ではないのだろう。


観終わった直後は星三つ、かなって感じだったが、パンフレットの解説や写真とかを眺めながら映画を思い出していると、知らず知らずのうちに自分の心に入り込んでいたことに気づかさせる。星四つ、★★★★。長野グランドシネマズに観に行ける人は観に行くべし。

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2008.06.07

『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』

5月24日の土曜日、長野グランドシネマズのレイトショーで『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』を観る。シアター8(座席数105)に観客は20人ちょっとくらいか。


映画は、1979年、アフガニスタンに侵攻したソ連軍にジハード(聖戦)を挑むアフガニスタンのムジャヒディーン(反政府組織)に軍事支援を行い、ソ連軍をアフガニスタンから追い出した“真の”功労者である、一人のアメリカ下院議員、チャーリー・ウィルソンの行動を描いたもので、『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』(ジョージ・クライル著、ハヤカワ文庫)が原作となっている。


チャーリーと彼の“同志”のとった行動、アフガニスタンの反政府組織への軍事支援は、ソ連軍のアフガニスタンからの撤退だけでなく、ソ連邦の弱体化と解体、ベルリンの壁崩壊、ひいては東西冷戦の集結とアメリカ合衆国の黄金時代を招くこととなった。


映画はチャーリーがアフガニスタンへの軍事支援に貢献したことにより、CIAから表彰されるところで終わるのだが、彼の行った軍事支援はムジャヒディーンからタリバンへ、そしてアルカイダへと繋がり、あの9・11テロを引き起こす一つの誘因にもなった。


だからといって、現代から20年前を振り返って、あの時こうしたのは間違いだった、こうすればよかった、と言うのは簡単だ。


しかし人は、そう言った瞬間にはそのことについての思考は止み、言ったことさえ忘れかけている。


あの時はああするしかなかったのだ。しかし、そうしたのは間違いだったのだろうか、他に道はなかったのだろうかと問いかけることからしか未来は生まれない。


9・11テロがもたらした現実を直接的に描いた『大いなる陰謀』よりも、制作者が意図するかしないかに関わらず、ある意味観客に9・11テロを考えさせてくれるかもしれない。星三つ、★★★。

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2008.06.03

『ノーカントリー』

5月17日の土曜日、長野グランドシネマズで『ノーカントリー』を観る。


シアター8(座席数105)に観客は20人以上。さすがに今年のアカデミー賞で4部門受賞の作品だけあってレイトショーながら結構お客が入っている。


映画は、偶然ギャングの大金を手にした男ルウェリン・モス(ジョシュ・ブローリン)が、その大金を奪い返えそうと追ってくる殺し屋アントン・シガー(ハビエル・バルデム)からの逃亡劇に、地元の保安官(トミー・リー・ジョーンズ)が絡むという展開 。


この映画は、なんといってもアカデミー賞助演男優賞を受賞したハビエル・バルデム演じる殺し屋アントン・シガーの存在感が圧倒的。


殺し屋らしからぬおかっぱ頭のシガーが、手に持ったボンベの圧縮空気がホースの先から発射される音がする度に体がビクッとする。


ただラストシーンは、ありきたりのように善人が勝ってめでたしめでたし、とはいかない結末で、アメリカでも議論の的になったそうだ。


ストーリーも結構哲学的(?)な部分もあり、単純なアクション映画、エンターテイメントではなく、見終わった後、うーん、と腕組みをして考え込んでしまうような映画だった。


ハビエル・バルデムの存在感におまけして星三つ、★★★。

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2008.05.28

『ハンティング・パーティー』

5月16日の金曜日、長野グランドシネマズで『ハンティングパーティー』を観る。


シアター8(座席数105)に観客は5人。


『ハンティング・パーティー』はアメリカ人ジャーナリスト3人が、ボスニア・ヘルツェゴビナのセルビア人指導者で500万ドルの懸賞金をかけられた戦争犯罪人、ラドヴァン・カラジッチを捕まえようとして、あと一歩というところまで迫った実話が元になった映画。


ボスニア・ヘルツェゴビナ(旧ユーゴスラビア)では1984年、共産圏で初めての冬季オリンピックが首都サラエボで開催された。


今でもラヴェルの「ボレロ」を聴くと、サラエボ冬季オリンピックのアイスダンスで史上初の芸術点満点を出し優勝した、イギリスのトービル/ディーン組の滑りが蘇ってくる。


映画の中ではそれらの冬季オリンピック競技が行われた施設が、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争で廃墟と化した様子が映し出され複雑な気持ちになる。


映画の元となった実話では、カラジッチを捕まえるには至らないのだが、映画ではラストに、“ここから先の話は現代の神話だ”として現実とは違う結末が用意されていて、観客は一応のカタルシスを得ることができる。


主演は“ロマンスの帝王”と言われたリチャード・ギアで、公式パンフレットには「恋愛映画の名手として知られる彼が、都会派エリートのカッコ良さとは対極の、危険に突っ込んでゆく“イカレた”男の情熱と複雑な内面を見事に演じて新境地を開く。」(公式パンフレットのイントロダクションより)とある。


しかし自分的には『消えた天使』でのリチャード・ギアのほうが、ハリウッドのスター然としたところが全くなく、鬼気迫るような演技でよかったと思う。


『ハンティング・パーティー』は忘れかけていたボスニア・ヘルツェゴビナの紛争とそれがもたらした結果を思い起こさせてくれた。ラストシーンにはまあまあ満足。星二つ半、★★☆。

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2008.05.18

『ミスト』

10日の土曜日の夜、長野グランドシネマズで『ミスト』を観る。


シアター5(座席数161)での上映、公開初日ということもあってかレイトショーながら観客は30人。映画の原作者、スティーブン・キングのファンとかが多いんだろうか。


『ミスト』は、ホラー・パニック映画として楽しめる(怖がれる)が、通常のホラー映画とかのように、ラストで怪物が退治され主人公たちが生き延びて、めでたしめでたし…、とはならない。


原作とは違ったラスト、原作者のスティーブン・キングをも唸らせたラストが観る者を困惑させる。えーっ、なんでぇー、と思ったのも束の間、さらなるドンデン返しに、観客は言葉を失う。


しかしこの映画を観て、世の中で一番怖いのは、怪物でも未知の生物でもなくて、異常な状況に置かれて壊れていく人間(の心)なんだと実感。


後味がスッキリしないが、澱のように心の底に沈んでいつまでも気になり続けるような印象の映画だ。星三つ、★★★。

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2008.05.17

『少林少女』

4月29日、長野グランドシネマズで娘と『少林少女』を観る。


ゴールデンウィーク中の祝日ということもあってシアター5(座席数161)はほぼ満席。


チケットを買う際には残席わずかで、二人並んで座れる席は前側通路際しか空いていなかった。しかし長野グランドシネマズはどの席で観ても見にくいことはないし、いつもスクリーンの隅々までピントがきちんと合っていて気持ちがいい。


『少林少女』は柴咲コウが主演のアクション映画。見どころはやはり撮影のために1年前からトレーニングを積んだという柴咲コウのアクション・シーンだろうか。


柴咲コウが悪役の仲村トオルや岡村隆史といった運動能力のある俳優と格闘するシーンはなかなか見応えがある。


そういったアクション・シーンもよかったが、自分としては、柴咲コウ扮する主人公の“桜沢凛”が、少林拳に対し一途で純粋なあまり、相手や周りの人間とうまくやっていけずに葛藤するシーンが印象に残った。


彼女は映画『舞妓Haaaan!!!』でも、主人公の“キミちゃん”に自分の気持ちを受け入れてもらえず心が乱れる恋人役を演じていたのだが、その演技に胸が締め付けられるような切なさを感じたのが記憶に残っている。


柴咲コウという俳優は、そういう役どころを演じるのが上手いのかな。


ラストの展開が今ひとつよく飲みこめなかったが、子供も大人も素直に楽しめるアクション映画だった。星三つ、★★★。

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2008.05.11

『ブラックサイト』

ゴールデン・ウィーク前半の27日の日曜日の夜、上越のJ-MAXシアターで『ブラックサイト』を観る。


スクリーン6(座席数98)に観客は自分1人。


“アメリカ、オレゴン州ポートランドで起きた悪夢。FBIサイバー捜査官、ジェニファーが捜査する闇サイトは、人々のアクセス数によって人を死に至らしめる殺人中継サイト。ネット上に映るとらえられた被害者。彼らの生死を決めるのは、罪悪感も無く、一瞬でサイトにアクセスできる世界中66億人の人々だ。その“好奇心”を利用して、自分の手を汚さずに殺人を完結させる知的サイコキラーの目的は?遂に犯人の手掛かりをつかんだジェニファーに、魔の手が迫る!”(公式パンフレットより)


「殺人中継サイト」ってもしかしたらしたら本当にあるんじゃないのか、って思えてしまうのが、現代社会の怖いところ。


観ていて、デイビッド・クローネンバーグが監督、ブロンディのデボラ・ハリーが出演していた拷問、殺戮が延々と繰り返される海賊放送を題材にした『ビデオドローム』という映画を思い出した。


『ブラックサイト』は犯人が早いうちにわかったり、殺人の動機が非常にわかりやすかったり、従来のシリアルキラー(連続殺人犯)を描いた映画とはちょっと感じの違う映画だった。


主人公のFBI捜査官ジェニファー(ダイアン・レイン)が捜査を進めるうちに、自分や自分の家族も危険にさらされ、観客はハラハラドキドキする。


しかしこの手の映画は、間違いなく最後は、犯人が見事捕まってジ・エンドとなるはず、ましてやダイアン・レインが主人公を演じていればなおさらだ、という確信を持てるので、安心感を持ってハラハラドキドキを楽しめた。星三つ半、★★★☆。

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2008.05.10

『大いなる陰謀』

昨日、実家へ帰る途中、長野グランドシネマズで『大いなる陰謀』を観る。


シアター4(座席数152)に観客は8人。


『大いなる陰謀』、原題は『LIONS FOR LAMBS』、直訳すれば“小羊のためのライオン”とでも訳すのか。全然予備知識がなく、邦題からは何か手に汗握る陰謀劇が繰り広げられるのかと思って観に行ったら、肩すかしをくらった。


映画は異国の戦場でアメリカの若い兵士たちが命を落としていることに“無関心な国民”に問題提起をしている映画だそうだ。ただそれは、あくまでも“アメリカの若者たちが異国で命を落としている”ということに対しての無関心であって、その若者たちが向ける銃口の先にいる“異国民のおかれた状況”に対する無関心ではないようだ。


アメリカ以外の国にとっては、前線で戦う勇敢な兵士(ライオン)も、それを指揮する司令官や政治家、そして戦場で命を落とす若い兵士たちに無関心な国民たち(子羊)も“加害者”であるということには変わりはない。


“衝撃的”とパンフレットで表現されているラスト近くの戦闘シーンも、アメリカの若者が死ぬ場面であるから“衝撃的”なのであって、アルカイダの若者が死ぬ場面であれば、アメリカ国民にとって“衝撃的”なシーンにはならないだろう。


そもそもハリウッドの大手、20世紀フォックスが配給する映画だということは、この映画はアメリカの体制側には、痛くも痒くもない映画であるのは明らかだ。


『大いなる陰謀』は、ハリウッドとは一線を画すといわれているロバート・レッドフォード始め、アメリカ映画界の“良心派”の人間たちが作り上げたマスターベーション的な映画にしか思えない。


アメリカのハリウッドメジャーの制作でもなく、イギリス人が監督した、架空のブッシュ大統領暗殺事件を題材にした『大統領暗殺』という映画がある。米民主党の大統領候補を争っているヒラリー・クリントンが、映画も観ずに「卑劣で言語道断。そんな恐ろしい話で利益を得ようとしている人に、うんざりします。」とコメントせざるをえなかったこの映画のほうが、アメリカの体制側の人間が恐れる映画である。


『大いなる陰謀』はトム・クルーズやロバート・レッドフォードのファンであればともかく、そうでなければ観るまでもない映画だ。星一つ、★。

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2008.04.28

『クローバーフィールド HAKAISHA』

土曜日の夜、長野グランドシネマズで『クローバーフィールド HAKAISHA』を観る。


チケットカウンターで「映像が大変揺れて、ご気分が悪くなるかもしれませんので…」と釘を刺される。


シアター7(座席数127)での上映、観客は16人。ほとんどが若者。


映画はニューヨークに正体不明の巨大生物“HAKAISHA”が突然現れ街を破壊しだす。その場に居合わせた若者達が“HAKAISHA”の攻撃から逃げまどいながら、その一部始終を手持ちビデオカメラで撮影しているという設定で、映し出される映像が縦横に揺れ、その画質とともに臨場感を盛り上げる。


“HAKAISHA”、その巨大生物の正体は最後まで明らかにはならない。表現は悪いが、なんとも後味の悪い結末で、いかにも続編がありそうな終わりかただったが、やはり続編が企画されているそうだ。


幸い乗り物酔いには強い自分は、上映中気持ち悪くなることもなく楽しめた。星三つ半、★★★☆。

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2008.04.21

『ダージリン急行』

13日の日曜日、夕方、長野グランドシネマズで『ダージリン急行』を観る。


シアター6(座席数179)に観客は6人、公開2日目にしてはちょっと寂しい客席。


監督のウェス・アンダーソン、主人公の男三人兄弟を演じるオーウェン・ウィルソン、エイドリアン・ブロディ(史上最年少のアカデミー賞主演男優賞受賞者らしい)、ジェイソン・シュワルツマンといったスタッフ、キャストは最近また映画を見出した自分には、全く聞いたことがない名前ばかりだった。


映画は、父親の死をきっかけに絶交していた三人の兄弟が一年ぶりにインドで再会し、“ダージリン急行”に乗ってインドを旅することを通じて、再び兄弟の絆を深めていくといった内容。ま、これも一つのロード・ムービーといったところか。


映画では撮影用に用意した列車を、実際に走らせてその車内で撮影をしたそうで、列車の旅の臨場感がよく出ていて、観客も一緒に列車に乗っているような感覚を覚える。


映画の冒頭、兄弟三人が再会し、ダージリン急行のコンパートメント内で繰り広げる騒動は、見ていてなんだか『ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!』を思い出した。


また、スクリーンに映し出される兄弟三人がインドの地で異文化に触れるシーンには、コンサート活動休止後のビートルズのメンバーが、インドの導師、マハリシ・マヘシ・ヨギに傾倒し彼の地を旅したことも重なる。


取り立ててセンセーショナルな出来事があるわけでもなく、どちらかと言えば淡々とストーリーが進行しながら、兄弟三人が過去のしがらみを振り切って新たな関係を築いて行く様子は、見終わって、心の隙間にすーっと染み込んで行くような映画だ。星三つ半、★★★☆。

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2008.04.14

『ライラの冒険 黄金の羅針盤』

土曜日の夜、上越のJ-MAXシアターで『ライラの冒険 黄金の羅針盤』(字幕版)を観る。シアター6(座席数93)に観客は8人。


原作「黄金の羅針盤」とそれに続く二作「神秘の短剣」、「琥珀の望遠鏡」からなる「ライラの冒険」シリーズは児童文学の傑作と言われ世界中でベストセラーになるだけでなく、その評価は児童文学の枠を超えイギリスの権威ある文学賞を受賞するに至っている。


また「黄金の羅針盤」シリーズは「ハリー・ポッター」を卒業した読者が次に手に取る作品として知られている、らしい…。


「ハリー・ポッター」とか、「指輪物語」とかのいわゆる“ファンタジー小説”を読んだことのない、あまり興味が湧かないような自分にとっては、この手の映画はちょっと居心地のよくない映画だ。


こういった映画(小説)は、普段、現実的な考えで行動している、至極まっとうな人生を送っているような人が、しばし現実の世界を忘れ楽しむものなんだろう。


映画自体は、出演している俳優や、特撮の映像もよくできている。星二つ半、★★☆。ふとしょうもないような“空想”に耽るような“大人”の評価なので全く参考にはならないのであしからず。

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2008.04.10

『バンテージ・ポイント』

先週の土曜日の夜、長野グランドシネマズで『バンテージ・ポイント』を観る。


グランドシネマズで一番キャパの大きいシアター1(座席数300)での上映ながら、観客は16人くらい。


“スペインのサラマンカで開かれた国際テロ対策の首脳会議に出席したアメリカ大統領アシュトン(ウィリアム・ハート)が、大観衆を前に挨拶を始めようとしていたその時、一発の銃弾が大統領を撃ち抜くーー。大統領の警護にあたっていたシークレット・サービスのバーンズ(デニス・クエイド)が、大統領狙撃の真実に迫る様子を、狙撃を目撃した8人の視点から描いていく。”


“複数の視点から一つの出来事を描く”という映画のスタイルは以前からあったそうで、『パルプ・フィクション』(1994)、『呪怨』シリーズ(1999〜)などがあり、中でも有名なのは黒澤明の『羅生門』(1950)らしい。


『バンテージ・ポイント』は大統領狙撃という出来事を、異なる目撃者の視点から、視点が変わる度に時間を巻き戻して描いていくのだが、前半の4人の視点くらいまでは、観客(自分)には大統領狙撃の真相が見えてこず、少し展開がかったるく感じる。


しかし、後半になって自分のような鈍い人間にも、ジグソーパズルが組み上がっていくように大統領狙撃の真相が次第に見えてくると、ぐいぐいと映画の中の世界に引き込まれていく。


それから、クライマックスのカーチェイスシーン、CGではなく実写で撮られているのだが、これがスピード感があって迫力満点。


ストーリー的にも、映像的にも楽しめる作品だった。グランドシネマズの一番でかいスクリーンで観られたのもよかった。星四つ、★★★★。

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2008.04.04

『潜水服は蝶の夢を見る』

火曜日、仕事が終わってからアイシティシネマで4月18日までの期間限定上映中の『潜水服は蝶の夢を見る』を観に行く。


映画感謝デイ、しかも春休み中ということもあってか、アイシティシネマは夜とは思えない人の数。普段からこの位客がいれば大したもんだが、誰も彼も“1000円”に弱いんだね、って自分もそうだったりするのだが。


『潜水服は蝶の夢を見る』はシネマ3(座席数47)での上映、観客は20人以上か。8割がたが女性客。


“ELLE誌編集長として人生を謳歌していたジャン=ドミニク・ボビーは突然倒れ、身体の自由を失う。そして唯一動く左目の20万回以上の瞬きで、自伝を書き上げる。たとえ身体は“潜水服”を着たように動かなくても、“蝶”のように自由に羽ばたく記憶と想像力で――。”


監督のジュリアン・シュナーベルは言う。「この作品は原作と同様、一つの便利な道具だと思って欲しい。死と向き合う事が出来るようにあなたを助ける道具だ。それが僕の目的であり、そのためにこの作品を作ったのだから。」(公式パンフレットより)


友達の死、家族の死、そしていつかはやってくる自分の死。


お金があってもなくても、時間があってもなくても。恋人がいてもいなくても、家族がいてもいなくても。与えられた今このときを、生きることができる幸せ、人と人のつながりの大切さを感じさせてくれる映画だ。原作を是非読んでみたいと思った。


この映画の全てのシーンが印象的だが、中でもジャン・ドー(ジャン=ドミニク・ボビー)が脳梗塞で倒れる前、老いて外出もできなくなった父親を訪ね、彼の髭を沿ってあげるシーンと、体が麻痺したジャンが、父の日に家族、ジャンの子供とその母親、と一緒に海辺で遊ぶシーンが心に残った。


20代、30代よりも、40代、50代の、山あり谷ありの人生を歩んできて、そろそろ自分の人生の行く末に思いを至らせる、そんな時期にさしかかった人にお勧めかな。星三つ半、★★★☆。(一応星五つが満点)

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2008.03.31

『マイ・ブルーベリー・ナイツ』

土曜日の夜、J-MAXシアターで『マイ・ブルーベリー・ナイツ』を観る。


シアター6(93席)にカップル2組に自分の合わせて5人。


『マイ・ブルーベリー・ナイツ』はなんでも2007年カンヌ映画祭のオープニング作品だそうで、2006年カンヌ映画祭の審査員長を務めたウォン・カーウァイが監督、全世界で何千万枚ものアルバムを売り上げているノラ・ジョーンズという歌手が主演している。


以前、この映画の予告編を観たときは、映像の質感から、『パリ、テキサス』を思い出した。実際この映画では音楽をライ・クーダーが担当している。映画のストーリーもラブ・ストーリー的でもあるし、ロード・ムービー的でもある。


映画はノラ・ジョーンズ演ずるエリザベスが、失恋から立ち直るためにニューヨークから旅に出て、300日と何千マイルを経てニューヨークに戻る。失恋したばかりのエリザベスを慰めてくれた、カフェのオーナー、ジェレミーが焼く甘酸っぱいブルーベリー・パイを求めて。


“2人の人間を隔てる距離は見た目には僅かでも、時として彼らの心はひどく離れている。「マイ・ブルーベリー・ナイツ」はその距離を様々な角度から描いている。私はそうした隔絶感を象徴的に、また、ありのままに探求し、それらを克服する道のりを描きたかった。――ウォン・カーウァイ”(公式パンフレットより)


しかし、ひがみではないが、こういう映画はカップルがデートで観る映画ではないな。一人で観て、それで誰か恋しくなったら、その人に逢いに行く、ロード・ムービーってそんな映画だと思うんだが。


久しぶりの映画だったが、暗闇の中、椅子に身を沈めスクリーンを見つめているのはとても安らぐ時間だった。


既婚者、いつでも逢える恋人がいる人よりは、好きな人に逢いたくてもなかなか逢えない男女にお勧め。星三つ、★★★、っていったいどういう基準なんだ?

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2008.03.02

『明日への遺言』

土曜日の夜、上越のJ-MAXシアターで『明日(あした)への遺言』を観る。


ファーストデーということで、駐車場はほぼ満車(!)。でも『ライラの冒険』を観に来てる客が多いようだ。


公開初日ながらスクリーン6(座席数92)に観客は、五〜六十代夫婦が三組と若いカップル一組、自分を含めた一人客が三人のあわせて11人。


映画は太平洋戦争中、名古屋を無差別爆撃したB29の乗員を処刑(斬首)した罪で戦争裁判で裁かれ死刑になった、元日本軍東海軍司令官 岡田資(たすく)中将の物語。岡田中将が信念を持って、一人戦勝国のアメリカに「法戦」を挑む姿を通して、見る者に戦争とは、人間の誇りとは、人はどう生きるべきか問いかける。


監督は『阿弥陀堂だより』、『博士の愛した数式』などを監督した小泉たかし、岡田中将を藤田まことが演じ、その妻 温子(はるこ)に富司純子。藤田まこと、西村雅彦、田中好子、蒼井優といった俳優以外には、最近の邦画でよく見かけるような俳優は出演していないので、映画に落ち着きがあって好印象だった。


史実に即しているのかはわからないが、映画の中で文部省唱歌「故郷(ふるさと)」が歌われる場面が二回ある。公式パンフレットの中で、富司純子、作家の高杉良はその「故郷」が歌われるシーンが特に印象的だと語っている。


自分を含め観客のほとんどが、このシーンに涙した、と思う。なぜこのシーンで涙するのか、人により思うところは様々だろうが、日本人の心の奥底に刷り込まれた何かを、思い起こさせるのだろうか。


この映画は一般人の我々だけでなく、人の上に立つ者、政治家、経済人こそが見るべき映画だろう。
と書いたが、日本人なら見るべき映画だし、見れば何かしら自分の心の中に考えることが生まれる映画だ。

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2008.02.29

『ダーウィン・アワード』

水曜日、アイシティシネマで『ダーウィン・アワード』を観る。


シネマ1(座席数136)での上映、観客は映画好きそうな単独客が4人にカップルが一組のあわせて6人。平日にもかかわらず結構観客がいた『母べえ』や『スウィニー・トッド…』に比べると寂しい客席だ。


アイシティシネマは長野グランドシネマズや上越のJ-MAXシアターに比べると、映画を楽しむという雰囲気が乏しいし、客席の設計とかも古さを感じさせて、いま一つな感があるが、前記2館では上映しないようなミニシアター系の作品をたまに上映してくれるので、自分にとって外せない映画館だ。


『ダーウィン・アワード』上映前に、自分が気になっていた『潜水服は蝶の夢を見る』(アイシティシネマで3月末から上映予定)の予告編を見ることができてよかったし、ぜひ観てみたいと思わさせられた。


『ダーウィン・アワード』については、今年観た洋画の中では一番だったという感想だけとりあえず記しておく。

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2008.02.27

『いつか眠りにつく前に』

“人生の終わりを迎えるとき、あなたが最期に思い起こすのは誰の名前だろう?長年連れ添ってきたパートナーの名前か、最愛の子供たちの名前か、それとも…?ふたりの娘に見守られながら、最期の時を迎えようとしているアンの脳裏に浮かび上がったのは、過ちの記憶と共に封印してきたハリスという男性の名前だった。(後略)”(『いつか眠りにつく前に』公式パンフレットより)


23日の土曜日、長野グランドシネマズで『いつか眠りにつく前に』を観る。


公開初日ながらシアター4(座席数152)には映画好きそうな単独客5人と、女性二人組の合わせて7人の観客のみ。


映画はアメリカの小説家スーザン・マイノットの同名のベストセラー小説が原作、映画の脚本化にあたり彼女自身も加わっている。


この映画、出演俳優、特に女優陣の顔ぶれがすごい。ヴァネッサ・レッドグレイブ、メリル・ストリープ、グレン・クローズに始まって、ヴァネッサ・レッドグレイブとメリル・ストリープの実の娘、ナターシャ・リチャードソン、メイミー・ガマーの二人などなど。

綺麗な風景、情景の中で、演技派の女優たちが演じる人生の喜びや悲しみを、観るもの自身の生きてきた人生、これから生きていく人生に重ね合わせ、自らの過去を振り返り、未来に思いを馳せる…、そんな映画だった。


人生の中間点も通り過ぎた人たちが観れば、それなりに思いが湧き上がる映画だと思うが、そういうことを抜きにしても、映画的な時間の流れに、どっぷりと身を浸すことが出来た。

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2008.02.23

『奈緒子』

金曜日、実家へ帰る途中アイシティシネマで『奈緒子』を観る。


長野県塩尻市出身の古厩智之(ふるまやともゆき)監督が撮った映画で、地元とも言っていい山形村はアイシティシネマでの上映、いわば凱旋公演(上映?)。長野県民なら観に行くしかないでしょう、ってことで鑑賞。しかしシネマ2に観客は4人+1(最初から鼾をかいている奴がいる)。


映画はビックコミック スピリッツで1994年から2001年まで連載された駅伝コミック「奈緒子」(作:坂田信広、画:中原裕)が原作。しかし自分は当時読んだ記憶がない。


『奈緒子は』長崎県にある離島(波切島)が物語の舞台となっている。


療養のため波切島を訪れた奈緒子(上野樹里)と島で生まれ育った雄介(三浦春馬)、小学生の二人の出会いと彼らを見舞う悲しい出来事、そして高校生になった二人が東京で行われた陸上大会で再会、波切島高校陸上部監督の西浦(笑福亭鶴瓶)の誘いで、陸上部の合宿から高校駅伝の県大会までマネージャーをすることになる。走るということ、駅伝でタスキをつなぐということを通じて奈緒子と雄介、西浦監督、陸上部の部員たちの交流を描いた作品。


波切島のモデルは長崎県壱岐島(いきのしま)ということで、陸上部の合宿シーンは壱岐島で、終盤の駅伝大会のシーンは長崎市でロケが行われた。


映画の中の駅伝の練習や、駅伝大会のシーンでは、若い俳優たちが自分の肉体を使い、汗を流し、息を弾ませて真剣に走っている。ただそれだけの場面であっても思わずスクリーンに見入ってしまう。


パンフレット中のインタビューで監督の古厩智之は「CGとかを駆使したグラフィックな画(え)作りというのも考えたんですけど、そうじゃなくて、(部員たちの)気持ちが繋がっていくところをやればいいんだってことに途中で気づいて。実際に走りを撮り始めると、部員たちの迫力や汗に勝るものはないんですよね。奇をてらった撮り方したら却って失礼になるというか。だから、走ってくるのをしっかり撮る。タスキを渡すところを分かりやすく撮る。それしか考えてなかった。それがいちばんいいと思ったんです」と語っている。いやあ、そのとおりと云おうか、監督の意図した映画になってるんじゃないか。


前に観た『銀色のシーズン』では観る者に迫って来るものがなかったのは、スキーシーンが代役だったり、本人のシーンではその技量がいま一つだったからか…。ま、映画のジャンルも監督の作りたいものも全く違うんで比較するのは適当でないかもしれないが。


『アヒルと鴨のコインロッカー』でも思ったが、映画が撮られたその場所に住む人たち、『奈緒子』の場合は壱岐島や長崎市、長崎県の人たち、にとって愛着を持てるような映画になってると思うし、そんな映画を持てる人たちはうらやましいと思う。

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2008.02.19

『アメリカン・ギャングスター』

土曜日の夜、吹雪の中、上越のJ-MAXシアターまで出かけ、レイトショーで『アメリカン・ギャングスター』を観る。


『アメリカン・ギャングスター』の観客はスクリーン5(座席数92)に7人のみ。吹雪の夜にもかかわらずロビーには結構お客がいたのだが、『陰日向に咲く』や『L change the World』、『マゴリアムおじさん…』を観に来た人たちだったようだ。


主演はデンゼル・ワシントン、ラッセル・クロウの両アカデミー賞主演男優賞受賞者、監督がリドリー・スコット。1970年代初期に麻薬の密売(産地直売?)で莫大な金を手にした黒人ギャング、フランク・ルーカス(デンゼル・ワシントン)と、麻薬の供給ルートを調べフランクを追い詰める麻薬捜査班の刑事、リッチー・ロバーツ(ラッセル・クロウ)を巡る実話が元になった映画。


雑誌Tarzanの映画欄で「(前略)男でこの看板にオッと思わない映画好きって、いったいどんな映画を見たいだよって思うよね。(タ)」とのコメントを読んで、大きなお世話だっ、って思うと同時に、そこまで言うなら観て面白くなかったらタダじゃおかないぞ、って気持ちで鑑賞。


ま、結果は普通に楽しめた。映画は2時間半を越える大作だが、最初から最後まで飽きさせず見せるリドリー・スコットの手腕はさすがというべきか。


映画の終盤、フランク・ルーカスとリッチー・ロバーツが、遂に直接対面してからラストに至るまでの展開、シーンが印象的で、見終わった後の満足感に繋がっていく。


今の日本映画は、ベストセラーの小説や漫画を原作にした映画が実に多いが、アメリカには『アメリカン・ギャングスター』のように、映画の題材となる実話があるということに、アメリカという国のスケールの大きさ、奥の深さを感じた。


映画を観ている間、自由主義世界を共産主義から護るという名目で、アメリカの若者達5万人をも犠牲にしたベトナム戦争が、実はその裏で麻薬の密輸に利用されていたなんて、戦死者の遺族やベトナム人が知ったら怒るだろうな…ってことが頭に浮かんだいた。

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2008.02.16

『チーム・バチスタの栄光』で貧血(苦笑)

金曜日、長野グランドシネマズで『チーム・バチスタの栄光』をレイトショーで観る。


シアター1(座席数300)での上映だが、公開1週目にしてはちょっと寂しい客席で、観客は20人ちょっと。


映画は海堂尊の同名ミステリー小説が原作で、主演が竹内結子、阿部寛。監督が『アヒルと鴨のコインロッカー』を監督した中村義洋。


『アヒルと鴨の…』の印象が良かったので、同監督が『チーム・バチスタの栄光』を監督していることを知ってから、ずっと公開を楽しみにしていた。


しかし想像すれば、手術シーンとかが出てくるのは、簡単に予想できそうなものだが、映画が始まるまでほとんど気にしていなかった。


身内が心筋梗塞で手術を受けるにあたり、医師から手術の説明を受けているだけで、気分が悪くなって貧血を起こした前科のある自分には、やはりリアルな手術シーンは鬼門だった。


映画の冒頭、小気味よい展開で映画の世界に引き込まれて、自分の中で期待が膨らんできたころ、リアルな手術シーンが何度かスクリーンに映し出される。


目を伏せて手術シーンを見ないようにしていたのだが、そういえば夕飯をちゃんと食べてなかったな…、とか、今日はちょっと寝不足だなぁ…、とか意識しだしたら、冷や汗が出てきて見事に貧血に。客席で冷や汗をダラダラ流しながら意識が薄れて、15分ほどボーっとしてただろうか。


マイケル・ムーアの『シッコ』でも、気持ち悪くなりかけたが、貧血までにはならなかったということは、『チーム・バチスタの栄光』の手術シーンは実写以上にリアルだったということか(笑)。


体調的に十分でなく、スクリーンもきちんと観ていなかった時間もあるので、評価するのは気が引けるが、自分の期待以上とはいかなかった。当たり前だが、映画は監督だけでその良し悪しが決まるものではないことを再確認。


あと、原作にはない映画のオリジナルシーンで、ソフトボールで竹内結子と阿部寛が対決するシーンが、自分にはどうにもしっくりこなかった。


しかし、家へ帰って公式パンフレットを読んでると、もしかすると面白かったんだけど、自分が楽しめなかっただけなのかもしれないと思えてきた。

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2008.02.11

『リアル鬼ごっこ』

日曜日の午後、長野グランドシネマズで娘と『リアル鬼ごっこ』を観る。


シアター7(127席)に4〜50人くらいの観客、小中学生から20代の若者がほとんど。


この映画も若者の間でベストセラーになった山田悠介の同名小説「リアル鬼ごっこ」(01)が原作。“王さま”の命令で、“佐藤”姓を持つ人たちだけが、捕まると殺されてしまう「リアル鬼ごっこ」の標的にされているという内容の、奇想天外な小説を基に、サラリーマンでもある柴田一成が脚本を書き、自身初となる長編映画の監督を務めた作品。


『リアル鬼ごっこ』では、それなりの知名度のある若手からベテランまでの俳優を起用しているようだが、自分の知っていた(観たことある)のは谷村美月と柄本明、吹越満くらい。谷村美月と柄本明の二人は共に『魍魎のはこ』(07)に出演しており、柄本明は『魍魎のはこ』のマッドサイエンティストに続き、本作でも狂気を持った「医者」と「王さま」を怪演している。


この映画のキーワードは「パラレルワールド」。「パラレルワールド」といえば、昔よく読んだ豊田有恒とかのSFによく出てきたような気がする。久しぶりにその言葉を、スクリーンの中で、主人公の佐藤翼(石田卓也)の妹の佐藤愛(谷村美月)がマジ顔で話すのを聞くのは何故かちょっとこっぱずかしかった。


「パラレルワールド」でのお話ということで、途中からある程度展開が読めてしまうのが残念だが、ラストにドンデン返しで“あっ”と言わされたのはよかった。


と言っても、「パラレルワールド」ということが頭にあれば、決して予想外の展開ではないのだが、自分は見事にはめられた。

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2008.02.04

『陰日向に咲く』

土曜日、長野グランドシネマズで『陰日向(かげひなた)に咲く』を観る。


映画は「劇団ひとり」の同名短編集が原作で、主演がV6の岡田准一。ジャニーズのアイドルが主演だし、予告編を劇場で何度も見ていたが、それほど期待していた作品ではなく、とりあえず押さえておこうと、『アメリカン・ギャングスター』と迷った末に選ぶ。


レイトショーにも関わらず、シネマズのシアター6(座席数179席)の座席の半分以上は埋まっていただろうか。岡田准一のファンなのか、「劇団ひとり」のファンなのか、世相に疎い自分にはわからないが、若い女性のグループが目立つ。


日の当たらないダメダメな9人の物語が絡み合って、最後は一つに収斂されて行く過程は見ていて飽きない。原作はミステリーではないが、映画のストーリーはある種の謎解きのようでもあり、観るものを引きつける。


いくつものダメダメな人の物語の中では、自分的には崖っぷちアイドル「みゃーこ」とアイドルオタク「ゆうすけ」の物語が一番ジンときた。


映画が終わり、エンドロールで主題歌の「出会いのかけら」(ケツメイシ)が流れ始めても、観客の中で席を立つ者は誰もおらず、観客の満足感で場内が満たされているのが伝わってくる。


「出会いのかけら」が終わった時は、それこそ拍手でも起きそうな雰囲気だった。


笑って、泣いて、幸せになれる(かどうかは人それぞれだが)、ただそれだけの映画かもしれないが、岡田准一、宮崎あおい、塚本高史、平山あやなどの俳優や、平川雄一朗監督などのスタッフの若い才能がきらめく秀作。観て損はない映画だ。

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2008.02.01

『魍魎のはこ』

今年の映画一本目は、『魍魎のはこ(携帯では漢字が出てこない)』だった。

1月12日の土曜日、上越のJ-MAXシアターでレイトショーを観た。J-MAXシアターでは上映初日だったためか、レイトショーにしては観客が多く20人くらいだったか(もう記憶が曖昧)。


『魍魎のはこ』は京極夏彦の同名の小説が原作。しかし自分は京極夏彦という小説家も知らなかったし、彼の作品を読んだこともなかった。


原作は新書版で一千頁を超える大作で、2時間という映画の枠の中で、どうやって小説の「京極ワールド」を描くのか、京極夏彦ファンの間では話題になっていたそうだ。


主演は堤真一、彼と年が同じ阿部寛、椎名桔平が脇を固め、黒木瞳、田中麗奈がスクリーンを彩る。


映画の舞台は、終戦から7年後、1952年の東京ということで、中国の上海でロケが行われているのだが、自分にはこれが違和感感じまくりで、映画の世界に没入出来なかった。


上海とその周辺の情景は、どうみても異国の情景だし、時代的にも、戦後復興期を迎える日本というよりは、昭和初期の日本といった感じ。


あと、映画を見ていると、ここは大谷石の地下採掘場だな、とか、これはどこかの採石場の跡地だな、とかわかってしまうのも、自分にとってはいま一つ映画の中の世界にのめり込めない原因だった。


まあ、予算の違いもあるだろうが、廃墟となったニューヨークを圧倒的なリアリティで再現し、自分を映画の中の世界へと引きずり込んだ『アイ・アム・レジェンド』との差は大きい。


ただ『魍魎のはこ』にも見所が無いわけでない。


堤真一扮する京極堂が新興宗教「深秘御はこ教」の教主・寺田兵衛と対決するシーンは、原作でも一つのハイライトのようだが、堤真一の演技がとても良くて、彼のセリフと動きに見入ってしまった。


小説と映画は別物と言うが、『魍魎のはこ』も小説は面白いのかもしれない。で、今は京極夏彦のデビュー作にして、やはり映画化された『姑獲鳥(うぶめ)の夏』の文庫本を買って読んでいるところ。


全621ページの内、150ページほど読み進んだところだが結構面白い。

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